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06.10.08:37 [PR] |
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02.14.13:27 私だけのもの |
けっこう可愛くできたソレは冷蔵庫の中にちょこん、と鎮座していたが、今朝、娘が起きるなり私に向ってラッピングを手伝え!と言った。
適当に紙袋にいれていたらダメだダメだ、と怒るので、もう知らない、自分でやんなよ、と返してやった。
「ほぉらぁ~~~♪」
と、誰誰からチョコレートをもらった、と走ってきて、さっさと向こうの部屋に行ってしまった。
へぇー、と相槌を打っていると、すっごぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃ~と、妙に黄色っぽいような桃色っぽいような声が聞こえてきた。
見に行ってみると、もらったチョコレートを広げて満面の笑みを浮かべている。
「おっ♪生チョコじゃん!いただきー!」
『だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーめーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
なんだ、なんだ!
生チョコは、今、娘が世界で一番愛している2歳年上の先輩、静香ちゃんからもらったものだった。
ちぇ・・・・・・・・
で、○○子ちゃんのならいいのかっ!
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02.14.10:11 ナオミ・ワッツ考 |
ゆうべは三隣亡と仏滅と13日の金曜日と(私の中で)、とにっっっかくツイてなかったので趣味に走る。
ナオミ・ワッツを知ったのは『マルホランド・ドライブ』から。
作品自体にも驚愕したが、彼女自体が作品だ、と言ってよいほどの見事さだった。
リムジンの中の美女。
金髪と瞳をキラキラさせたナオミ。
タクシーの中で異様な笑みを浮かべる老夫婦。
下宿の奇妙なネイバーたち。
夢の話。
吐き出されるエスプレッソ。
暴力。
殺人。
浮浪者。
腐乱した死体。
愛と嫉妬。
青い箱、青い鍵。
栄光と転落。
すべてはまやかし。
関連する言葉を並べるだけでもゾクゾクする。
ナオミは可愛くて、綺麗で、そして哀れで。
作品の前後では、ひとりで二役をやっていたのが信じられなかった。
希望に燃える、恵まれた環境の女優の卵。
かたや荒れた生活を送っている芽の出ない女優。
青い箱を開けたとたん展開される人生は、主人公にとってあまりにも辛い。
恋人に手を引かれ丘をのぼるナオミの晴れやかな顔が、晴れやかであればあるほど、予想される次の展開が悲しい。
その後の食事シーンまでの彼女の感じている『広場の孤独』が、痛くほどよくわかった。
心の闇に落ちていく女、もがく女、を演じさせたら天下一品。
だけど『キングコング』のように、綺麗でタフな役だってできる。
ただの地味で色白、金髪女、じゃない。
ニューヨークでナオミを求めて彷徨うコングだって、金髪だからいい!ってもんじゃないっ!と、似たような女に思い切り顔をしかめたではないか。
彼らの再会シーンは最高にロマンティックだった・・・
ああ・・・ナオミ。
あの表情の優しさには気持ちが溶ける。
でも『ファニー・ゲーム』は観たくない・・・・いや、やっぱり観たい・・・
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02.13.01:17 羊水と子宮の中 |
10代の頃、40代の女性はそれなりにとても大人なのだと信じていた。
でも、自分がその歳になってみると決してそうではないことを知った。
様々な人の気持ちを、これでも受け容れようとするたびに、ああ・・・この人はまだ小さな少女のままなのだ、とか、半ズボンの男の子のままなのだな、と思う。
本物の「大人」という定義がどういうものなのか、ハッキリと示すことはできないけれど、私が絶対的に信用し頼れる相手、としての「大人」というと、他人でそう言える人はいない。
そういう観点でいえば両親だ。
父は普段、熊本市内の弓道具店で矢を作っている職人なので側にはいない。
そばにいなくても、私にとって彼の存在は大きな誇りである。
一時期、彼を誇りに思えず私は大いに荒れた。
今までで一番苦しい4年間を過ごした。
過ごしてみたから、私にとって彼の存在がどれだけ大きいものなのかを知った。
母は愛情深いけれど、たまに彼女の「愛情の押し付け」ぶりには僻々させられる。
しかし、私や娘に対する彼女の愛情のあまりの裏表のなさに対しては全面的に信頼し、甘えさせてもらっている。
一昨年、色々あって私がほとんど物が食べられなくなった頃、心配して的外れな理由と解決策を語る母に、苦しんでいる本当の理由を話した。
初めは驚いていたけれど、私が冗談にすると一緒に笑ってくれた。
笑いすぎて涙がでるほど。
そのころ私が求めていたもの、を一番理解してくれていたのも母だった。
『育ちゆく心は一種の心の胎内にいる胎児です。母親は羊水になればいい。父親は子宮壁に』
小児科医の渡辺先生は、子供だけでなく大人、親たちの心も未だに両親、あるいは母親との関係性によって成り立っている、という。
母親に愛された記憶、大人との絶対的な信頼関係の記憶があれば、人は自身と向き合うことができ、自身を愛し、他人に向き合い、他人を愛することができるそうだ。
無意識に自分の弱さを否定し、誇大妄想的な万能感や達成感にひたって満足している人のなんと多いことか。
『向き合う』という行為は単純だけれど、とても大切なことだ。
なぜならそれは『許し』『受け入れる』 ことに変化していく。
真に『向き合う』ことができていれば、だけれど。
私の中に揺るぎない何かがあるとすれば、それは両親から愛され育った、と躊躇なく言える自信からくると思う。
『大人だ、と言われる年齢こそ自分自身の幼児性を見つめなおすこと。
私たちの心の中の赤ちゃんは健やかですか?
心の中の母性はどうですか。
父性はどうですか。』 渡辺久子著 「子育て支援と世代間伝達」より
死ぬまで私たちは誰かのこども。
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02.12.08:42 世界が私のものなら |
アンジェリーナ・ジョリーの肩から二の腕。
樋口可南子の瞳。
安藤裕子の歌。
木村佳乃の手。
麻生久美子の声。
蒼井優の白さ。
甲田益也子の年齢。
ニヤッとするもの。いまのところ
ジョージ・クルーニーのくちもと。
松山ケンイチの全身。
井上陽水の歌声。
諸葛孔明の生き様。
大切にしているもの。いまのところ
彼のプライド。
私の心。
電話から聞こえてくる彼女の声。
夕陽を美しいと思える気持ち。
平和であること。
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02.11.22:12 密かに『自虐の詩』 |
なのでタイトル買い、とか装丁買いをよくやる。
すごくパンクな感じのするノンフィクションの
『テヘランでロリータを読む』。
それ、どういうこと?と手にとりたくなるアンデルセンの
『絵のない絵本』。
タイトルだけでなんだかタダでは済みそうにない小川洋子の
『薬指の標本』。
この一冊だけでノックアウトされたエドワード・ゴーリーの
『おぞましい二人』。
『良心の領界』。
三島由紀夫のタイトルはみんな好き。美しすぎる。特に好きな
『真夏の死』。
逆に、タイトルにはすごく惹かれたし、装丁も好きだったけど期待はずれだった
『醜い花』。
昼間、小さな原稿をふたつ書いて、その合間にベランダのイスで一服していると、お天気なのに周りが煙ってみえた。
いつだって風は、あの広大な西の国から吹いてくる、と思ったら、気持ちが体だけを置いて遠くへ飛んでいくような気がした。
Go West いつか、きっと。


