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45style book Get real

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  • 02/24/20:23

08.22.23:41

不思議な恋は



この曲を聴くとやはり思い出すのは「蒲田行進曲」。
病室で寝ている松坂慶子と、彼女を看ている平田満。
そのふたりを上から映したところにこの曲が流れてきて、せつない気持ちになるんですね。

が、もしこの曲が大好き♪という人には悪いんだけど、私、どうしても中村雅俊が歌ってると、この歌、冗談にしか聞こえない。
嫌いじゃないんですけど、歌詞も曲調も。
だけど、中村雅俊が素敵だとは思えないし、曲がムーディーな雰囲気だから尚更・・・
なんで桑田圭祐の曲を歌うと桑田ぽくしか歌えないんだろう。
別の人が歌ってくれないかなぁ・・・綾香ぽんとかー・・・・
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08.20.23:12

見えない月が

わたしの中に
いまも遠い南のくに

08.18.20:46

おばあちゃんの家

obaachanoie.jpg祖母はもう話すことはできないかもしれない。
倒れたその日に見舞ったときには、次の日延岡に行くんだと言った私に「気をつけて行ってらっしゃい」と言ったのに。
ICUのベッドの上で、一日、一日容体は悪くなる。
一昨日より昨日、昨日より今日。
開けていても見えているのかも分からない瞳が、たまに大きく見開かれる。
その度に私は嬉しくて、「わかるー?45よー」と言う。
祖母は眉をよせて顔をしかめる。
母は「のさんねー」と手を握る。

すごくイヤなんだけど・・・
祖母がとても快適に過ごしていた海のそばのグループホームに、もう彼女は帰れない。
荷物を片づけに行った母が、一枚の紙をみつけた。
それは「手紙~親愛なる子どもたちへ~」という歌詞のコピーだった。


年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解してほしい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守ってほしい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末を どうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて 繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けてほしい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思いだしてほしい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げてほしい
いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ出来なくなるかもしれない
足も衰えて立ち上がる事すらできなくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせてほしい

私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないでほしい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていてほしい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添ってほしい
あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

原作詞:不詳 日本語訳詞:角智織 日本語補足詞:樋口了一


きっとグループホームでもらったんだろう。
祖母がその時どう感じ、そして今、動かぬ手足と唇で、私たちに何を伝えたいのか、私にはわからない。
さっぱりわからないけど、そばにいてあげたい。

 

08.16.22:07

銀河

生きてる者の都合なんだけど、あっちに着いたのかなぁ?

08.16.00:23

蛇の目の松

syouwazankyou.jpg蛇の目の松、という通称を知っている人も、地元には少なくなってしまった。
その人は体は小さいけれど、一見して「堅気の人じゃない!」雰囲気をぼわんぼわん出している。
昔から住んでいる地元民も、元は商売の盛んな通りだった中村通りが寂れるに従って引っ越ししたり、または歳とって死んだりで、地域のお祭りも今年はえらい小さな規模になってしまっていた。

私の生まれ育った大淀・中村町のヤクザ、松本会の会長さんはたいてい近所のパチンコ屋にいる。
いるだけでパチンコをやるわけでもなさそうだ。
彼の事務所兼自宅からパチンコ屋までの100mほどの道のりに、私の実家があるので、とても特徴ある歩き方の小さな男が見えると、それは「蛇の目の松」である。
ヤクザ同士の喧嘩で、下着一枚で逃げてきた若いもんを、押入れに匿ったことがある、と亡くなった祖父から聞いたことがある。
あのいつも穏やかで仏さまのようだった祖父が、追っ手に対峙している姿を、「昭和残侠伝」の池辺良に重ねてみたりする。
怒りや愛情が、目に見えて手にとりやすい時代だったのかもしれない。

tsukihune1.jpgお盆の送り火を焚いていたら、蛇の目の松が通りかかって「おぉう」と母に声をかけた。
小さくてガニ股の彼を見送りながら、私が子供のころから変わらずそこにあるものに、とても優しい気持ちになった。

今夜もたくさんの家の前で火が焚かれている。
ささやかな行事だけれど、その火を囲んで思い思いに過ごす。
焚き火には不思議な力がある。
帰ったきた魂と、蛇の目の松。
彼の背中に、子どもの頃の私が小さな声で「じゃのめのまつー」と呼んでみた。
そのとなりでは小さな弟も、一緒に「じゃのめのまつー」と呼んでたはず。
ふたり、まるでピンポンダッシュな気分で。


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