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02.21.04:55 [PR] |
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02.25.00:08 はじまりはいつも |
やっぱり太陽で乾かした洗濯物がいい。
乾かす洗濯物さえなければ雨でいい。
私は晴れ女だけれど、かなりの確率でお気に入りとの夜デートは雨になる。
たぶん神さまが気を利かせているのだと思う。
雨降りはいい。
いろんな言い訳ができる。
今週はずっと雨。
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02.20.20:30 ありがとう、は誰に言う? |
大人も子供も、「出会う人」によってどれだけ人生は変わっていくことか。
今日は宮崎市内の特別支援学級の子どもたちによる発表会の日。
「よさこいソーラン」を踊る大淀小学校の子どもたち、たっくんは相変わらず上手にキッチリ踊っている。
ようちゃんは楽しそうだし、ゆきちゃんも一生懸命踊っていた。
クラシックさんは後ろで大漁旗を振っている子の旗係(笑)
絡まる旗を直したりしてるうちにぼかっ!と柄で殴られながらもサザンはっぴを着て頑張っていた。
よしよし・・・♪
嬉しかったのは、去年、詩の朗読をして大変だったO塚小の子どもたちの笑顔。
担当教師が変わったのか、今年はなんだか楽しそうだった。
たぶんADHDの元気な男の子は今年も楽しそうに、「自分に合った発表」ができていた。
ダウン症の男の子と、遠くてわからなかったけどたぶんダウン症の小さな女の子、その子たちも先生に手伝ってもらいながら野菜の数をかぞえたりしていた。
最後はポニョの歌に合わせてニコニコしながら踊っていた。
去年は朗読がうまくいかず、最後にひかえていた男の子は端折られていたのに。
いつも感じるのは、特別支援学級の先生たちの雰囲気がとても温かいこと。
なぜ、その道を選んだのか、私だったら?と考えたなら、自分の中に外に出せない何かを抱えていなければ彼らに接していくことは無理に思う。
だからあえて尋ねたことはない。
『どんなに障害が重くても、あれもこれもできなくても、
「生まれてこないほうがよかった」ほどの不幸にはなりません。
「楽しみあい 生きあう」相手を見出せないことが不幸なのです。
人は関係性の中で育ちます。
世代を超えた交流
支えあう笑顔
信頼しあえる人と人との中でこそ、ひとりひとりの命が輝くのではないでしょうか』
たまに私を患者を診る目でみる奈須先生だけど、こんなこと言える人なんだから、もちろんレベルは全然違う。
救えなかった命の数、苦しみを癒せなかった命の数が彼女を優しくしている。
昨夜はお願いしていた講演を終えて、私の隣で安心して笑っている彼女を見ながら、この人に出会えて本当に良かった・・・と思った。
そのうち彼女に美味しい宮崎牛を食べさせられるぐらいの給料が貰えるようになりたい。
今日は宮崎市内の特別支援学級の子どもたちによる発表会の日。
「よさこいソーラン」を踊る大淀小学校の子どもたち、たっくんは相変わらず上手にキッチリ踊っている。
ようちゃんは楽しそうだし、ゆきちゃんも一生懸命踊っていた。
クラシックさんは後ろで大漁旗を振っている子の旗係(笑)
絡まる旗を直したりしてるうちにぼかっ!と柄で殴られながらもサザンはっぴを着て頑張っていた。
よしよし・・・♪
嬉しかったのは、去年、詩の朗読をして大変だったO塚小の子どもたちの笑顔。
担当教師が変わったのか、今年はなんだか楽しそうだった。
たぶんADHDの元気な男の子は今年も楽しそうに、「自分に合った発表」ができていた。
ダウン症の男の子と、遠くてわからなかったけどたぶんダウン症の小さな女の子、その子たちも先生に手伝ってもらいながら野菜の数をかぞえたりしていた。
最後はポニョの歌に合わせてニコニコしながら踊っていた。
去年は朗読がうまくいかず、最後にひかえていた男の子は端折られていたのに。
いつも感じるのは、特別支援学級の先生たちの雰囲気がとても温かいこと。
なぜ、その道を選んだのか、私だったら?と考えたなら、自分の中に外に出せない何かを抱えていなければ彼らに接していくことは無理に思う。
だからあえて尋ねたことはない。
「生まれてこないほうがよかった」ほどの不幸にはなりません。
「楽しみあい 生きあう」相手を見出せないことが不幸なのです。
人は関係性の中で育ちます。
世代を超えた交流
支えあう笑顔
信頼しあえる人と人との中でこそ、ひとりひとりの命が輝くのではないでしょうか』
たまに私を患者を診る目でみる奈須先生だけど、こんなこと言える人なんだから、もちろんレベルは全然違う。
救えなかった命の数、苦しみを癒せなかった命の数が彼女を優しくしている。
昨夜はお願いしていた講演を終えて、私の隣で安心して笑っている彼女を見ながら、この人に出会えて本当に良かった・・・と思った。
そのうち彼女に美味しい宮崎牛を食べさせられるぐらいの給料が貰えるようになりたい。