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06.15.08:41 [PR] |
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12.17.16:41 実録・連合赤軍 - あさま山荘への道程~映画~ |
何かを行うときの原動力は怒りや呪い(大きな意味で世の中や何かに対してなど)、のような負の感情ではいけない。
ましてやグループの上に立つ者なら絶対にいけない。
どこか冷静になれないし、広い視野で周りを見られないし、目標に対するビジョンが曖昧になるし、その過程で感情に流されたり、いきなり方向転換したり、上に立ってグループを導いていくだけの度量に欠ける。
そういう人に限って自己顕示欲がすごく強かったり、肩書きに弱かったり、とにかく愚かで弱い人間だから何事にも浅はかだ。
結局はそんな男女ふたりに引きずられてマインドコントロールされてしまった若者たち。
彼らのあれだけの情熱を、別の表し方にできていれば日本ももっと良く変わったのかもしれない。
あれでは大掛かりなままごとでしかない。
オウム真理教でもあんなことが行われていたのでしょう。
自身の顔を殴打し、失意と絶望のうちに亡くなった遠山美枝子。
彼女の生と死はあの活動について象徴的で、始めの学生運動自体がもしかしたらクラブ活動のノリで、それが次第に周りと一緒に盛り上がって全国的な集団催眠のようになってしまった。
永田洋子に「なぜここにいるのか?」と問われ、通り一遍の答えしか口に出せなかったように、彼女の中に明確な目標なんてなかった。
坂井真紀、すごかったです。
恐かった。
永田洋子よりある意味恐かった。
永田はただの愚か者だけど、坂井真紀の演技はリアルだもの。
柱にしばられ、トイレにも行けず、精神を病んでいく遠山美枝子を遠巻きに見ている彼ら、の図、あそこがいっっっっっっっっっちばんキツかったです。
3時間があっと言う間でしたが、あまりにも彼らが甘くて愚かで弱すぎて、見ていてイライラするし、疲れました。
けど確かにあれを退屈させずに見せる技量はスゴイ!
映画館で観ないと後悔する作品だと思います。

ましてやグループの上に立つ者なら絶対にいけない。
どこか冷静になれないし、広い視野で周りを見られないし、目標に対するビジョンが曖昧になるし、その過程で感情に流されたり、いきなり方向転換したり、上に立ってグループを導いていくだけの度量に欠ける。
そういう人に限って自己顕示欲がすごく強かったり、肩書きに弱かったり、とにかく愚かで弱い人間だから何事にも浅はかだ。
結局はそんな男女ふたりに引きずられてマインドコントロールされてしまった若者たち。
彼らのあれだけの情熱を、別の表し方にできていれば日本ももっと良く変わったのかもしれない。
あれでは大掛かりなままごとでしかない。
オウム真理教でもあんなことが行われていたのでしょう。
自身の顔を殴打し、失意と絶望のうちに亡くなった遠山美枝子。
彼女の生と死はあの活動について象徴的で、始めの学生運動自体がもしかしたらクラブ活動のノリで、それが次第に周りと一緒に盛り上がって全国的な集団催眠のようになってしまった。
永田洋子に「なぜここにいるのか?」と問われ、通り一遍の答えしか口に出せなかったように、彼女の中に明確な目標なんてなかった。
坂井真紀、すごかったです。
恐かった。
永田洋子よりある意味恐かった。
永田はただの愚か者だけど、坂井真紀の演技はリアルだもの。
柱にしばられ、トイレにも行けず、精神を病んでいく遠山美枝子を遠巻きに見ている彼ら、の図、あそこがいっっっっっっっっっちばんキツかったです。
3時間があっと言う間でしたが、あまりにも彼らが甘くて愚かで弱すぎて、見ていてイライラするし、疲れました。
けど確かにあれを退屈させずに見せる技量はスゴイ!
映画館で観ないと後悔する作品だと思います。
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12.17.16:38 アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生~映画~ |
この人のことだけは誰にも教えたくない、この人のことだけは私だけのもの!だったのがスーザン・ソンタグ。
作家で批評家で演劇などの監督でもあった彼女は、全てのことに疑問を持つ、たとえそれが大多数の意見であっても自分自身であっても、そして何かを批評するときには必ず自分の目で見て判断し、たとえそれを語ることで自国や愛する人を批判することになっても、そこに注意を傾けることに一生懸命になれ、という、大きい大きいひと。
写真家のアニー・リーボヴィッツと彼女は長年、パートナーとして生きてきて、そんな彼女たちの関係はあまりにも理想的で、揺るがない憧れを抱いていたのがスーザン・ソンタグなのです。
彼女に対して傾倒しすぎているので、このドキュメンタリーに冷静でいられるか自信がなかったのですが、やはりダメでした。
スーザンが自分の闘病生活、死体写真までをも撮らせているアニーという女性が、いったいどんな人なのか?
その興味と、動いてしゃべるスーザン会いたさに観に行きました。
『A Photographer's Life 1990-2005』という分厚い写真集を持っています。
表紙はスーザンが撮ったリラックスするアニーの姿。
分厚い写真集の中身は有名人のポートレイトや家族写真、部屋から見える景色など、まさにアニーの生活の断片。
このドキュメンタリーでは私が持っていた写真集の編集作業が出てきました。
アニーは常にユニークで、生き生きとして写真を撮ること自体を自分の一部として持っていました。
成功したのは彼女の才能や人柄、もあるのでしょうが、若い彼女が生きた時代、もあったように思います。
また、彼女の人柄がその時代の運を呼んだようにも思います。
そんな彼女だったからこそ、スーザンと彼女はパートナーになり得たのでしょう。
何枚もの穏やかな表情したスーザンや、死化粧をして横たわる死体写真。
ずべてをどこまでも真摯に見つめつづけているアニーだからこそ、そんな写真が撮れたのでしょう。
また、その姿勢はどのような写真にも共通する彼女の生きかたなのだと感じました。
しかし・・・ドキュメンタリーとしては出来の良い作品ではありません。

作家で批評家で演劇などの監督でもあった彼女は、全てのことに疑問を持つ、たとえそれが大多数の意見であっても自分自身であっても、そして何かを批評するときには必ず自分の目で見て判断し、たとえそれを語ることで自国や愛する人を批判することになっても、そこに注意を傾けることに一生懸命になれ、という、大きい大きいひと。
写真家のアニー・リーボヴィッツと彼女は長年、パートナーとして生きてきて、そんな彼女たちの関係はあまりにも理想的で、揺るがない憧れを抱いていたのがスーザン・ソンタグなのです。
彼女に対して傾倒しすぎているので、このドキュメンタリーに冷静でいられるか自信がなかったのですが、やはりダメでした。
スーザンが自分の闘病生活、死体写真までをも撮らせているアニーという女性が、いったいどんな人なのか?
その興味と、動いてしゃべるスーザン会いたさに観に行きました。
『A Photographer's Life 1990-2005』という分厚い写真集を持っています。
表紙はスーザンが撮ったリラックスするアニーの姿。
分厚い写真集の中身は有名人のポートレイトや家族写真、部屋から見える景色など、まさにアニーの生活の断片。
このドキュメンタリーでは私が持っていた写真集の編集作業が出てきました。
アニーは常にユニークで、生き生きとして写真を撮ること自体を自分の一部として持っていました。
成功したのは彼女の才能や人柄、もあるのでしょうが、若い彼女が生きた時代、もあったように思います。
また、彼女の人柄がその時代の運を呼んだようにも思います。
そんな彼女だったからこそ、スーザンと彼女はパートナーになり得たのでしょう。
何枚もの穏やかな表情したスーザンや、死化粧をして横たわる死体写真。
ずべてをどこまでも真摯に見つめつづけているアニーだからこそ、そんな写真が撮れたのでしょう。
また、その姿勢はどのような写真にも共通する彼女の生きかたなのだと感じました。
しかし・・・ドキュメンタリーとしては出来の良い作品ではありません。
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12.17.16:34 キャンディ~映画~ |
ラストのヒース・レジャーの表情を見るだけ、でも価値ある一本。
詩人志望のダンと画家の卵キャンディ。
このふたりの状況だけでも彼らが「一般的な」生活をしているとはとうてい思えない。
ダンは薬物常習者で、しだいにキャンディもドラッグに溺れるようになる。
始めは身の回りのものを売りドラッグに代えていた。
売るものがなくなるとキャンディの体。
ダンも男色者相手に試みるができず、キャンディは店や街頭で客をとるようになる。
物語は「Heaven」「Earth」「Hell」の三部構成。
監督のニール・アームフィールドはオーストラリアでは名の知れた演劇監督らしい。
この作品が映画本格デビューらしいが、上手だと思う。
今後が楽しみです。
薬物中毒は怖い。
その時間に溺れて芸術を生み出すことも出来るかもしれない。
まやかしの世界に浸ることで、日々の辛さを忘れられるかもしれない。
しかし、、、、、こんなこと言っていいのか・・・・
本来薬物による現実逃避の遊びは、特権階級、何もしなくてもお金が入ってくる人たちのものだと私は思う。
若いふたりが薬物に溺れながら愛し合う。
その姿は痛々しいし、もしこんなふたりが近くにいたら「それが愛なの?」と残念に思うし、ほうっておく。
「ふたりの世界」に浸ってるだけでも強力なのに、それに「ドラッグ」という最強のプロテクターを持ってるんだもの。
その頑なな心を溶かしていくもの、それが愛。
それも、誰からのものでもなく、自分の中に生まれるもの。
傷つきボロボロになって、大切なものを失って、もがいて苦しんで何かに気付き、新しい未来に向かっていくとき、もしかしたら誰もがラストのヒースのような表情をするのかもしれない。

詩人志望のダンと画家の卵キャンディ。
このふたりの状況だけでも彼らが「一般的な」生活をしているとはとうてい思えない。
ダンは薬物常習者で、しだいにキャンディもドラッグに溺れるようになる。
始めは身の回りのものを売りドラッグに代えていた。
売るものがなくなるとキャンディの体。
ダンも男色者相手に試みるができず、キャンディは店や街頭で客をとるようになる。
物語は「Heaven」「Earth」「Hell」の三部構成。
監督のニール・アームフィールドはオーストラリアでは名の知れた演劇監督らしい。
この作品が映画本格デビューらしいが、上手だと思う。
今後が楽しみです。
薬物中毒は怖い。
その時間に溺れて芸術を生み出すことも出来るかもしれない。
まやかしの世界に浸ることで、日々の辛さを忘れられるかもしれない。
しかし、、、、、こんなこと言っていいのか・・・・
本来薬物による現実逃避の遊びは、特権階級、何もしなくてもお金が入ってくる人たちのものだと私は思う。
若いふたりが薬物に溺れながら愛し合う。
その姿は痛々しいし、もしこんなふたりが近くにいたら「それが愛なの?」と残念に思うし、ほうっておく。
「ふたりの世界」に浸ってるだけでも強力なのに、それに「ドラッグ」という最強のプロテクターを持ってるんだもの。
その頑なな心を溶かしていくもの、それが愛。
それも、誰からのものでもなく、自分の中に生まれるもの。
傷つきボロボロになって、大切なものを失って、もがいて苦しんで何かに気付き、新しい未来に向かっていくとき、もしかしたら誰もがラストのヒースのような表情をするのかもしれない。
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12.17.16:31 ミスト~映画~ |
わたし、生まれて初めて映画観終わって気分が悪くなりました。
ラストシーンで貧血おこして、エンドロールは観てられませんでした。
ひと言、精神状態が1000%元気なときに観るべきでした・・・
観なきゃよかった、ほんっとに。
あえて面白い部分を探すと、興味深かったのは人の負の部分、登場人物たちがポロポロポロポロ出してくれること。
誰もヒーローじゃないし、みんな凡人。
それに、ああいう状況で孤独である、内面生活としての孤独、どこまでも自分自身であり続けることの難しさ、を感じました。
『孤独は連帯を制限する。連帯は孤独を堕落させる』
子どもが待ってるから、と最初に霧の中へ出て行った母親。
彼女の行動と結末がまさにそれで、主人公との比例が皮肉すぎ。
元気なときに観てもどうでしょう。
私にあの選択はできないです。
アメリカ批判、宗教批判、反面教師、何にせよ、好きじゃないです。
この作品。
映画としては良いですが・・・・

ラストシーンで貧血おこして、エンドロールは観てられませんでした。
ひと言、精神状態が1000%元気なときに観るべきでした・・・
観なきゃよかった、ほんっとに。
あえて面白い部分を探すと、興味深かったのは人の負の部分、登場人物たちがポロポロポロポロ出してくれること。
誰もヒーローじゃないし、みんな凡人。
それに、ああいう状況で孤独である、内面生活としての孤独、どこまでも自分自身であり続けることの難しさ、を感じました。
『孤独は連帯を制限する。連帯は孤独を堕落させる』
子どもが待ってるから、と最初に霧の中へ出て行った母親。
彼女の行動と結末がまさにそれで、主人公との比例が皮肉すぎ。
元気なときに観てもどうでしょう。
私にあの選択はできないです。
アメリカ批判、宗教批判、反面教師、何にせよ、好きじゃないです。
この作品。
映画としては良いですが・・・・
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12.17.16:26 ゼア・ウィル・ビー・ブラッド~映画~ |
なんとも骨太な作品でした。
最初から最後まで痛い。
落ちたり落ちてきたり飛ばされたり殴られたり、痛い。
そういえばポール・トーマス・アンダーソンの作品にはけっこう鈍器による強打、って出てきますね。
原因はわからないけど、なぜ主人公がここまで孤独なのか?なぜ彼の持っている強烈な愛情を上手に外に出せないのか?彼が抱えている「絶対的な孤独」が可哀想でたまりません。
それは富によるものにも思えるし、でもそれだけではないようにも思える。
仕事に行かねばならず子どもに酒入りミルクを飲ませてしまう、普通に手段としてそうできる、つまりは彼の不幸な生い立ちが根底にあるのでしょう。
そんな主人公の光(あまりないけど)と影を、たんたんと描いてあります。
油田の炎はとても美しかった。
それと、砂漠のシーンのバックに流れる音楽というか音に近かったけど『2001年』を思わせて、何かの始まり、そこから生まれるもの、という感じがしました。

最初から最後まで痛い。
落ちたり落ちてきたり飛ばされたり殴られたり、痛い。
そういえばポール・トーマス・アンダーソンの作品にはけっこう鈍器による強打、って出てきますね。
原因はわからないけど、なぜ主人公がここまで孤独なのか?なぜ彼の持っている強烈な愛情を上手に外に出せないのか?彼が抱えている「絶対的な孤独」が可哀想でたまりません。
それは富によるものにも思えるし、でもそれだけではないようにも思える。
仕事に行かねばならず子どもに酒入りミルクを飲ませてしまう、普通に手段としてそうできる、つまりは彼の不幸な生い立ちが根底にあるのでしょう。
そんな主人公の光(あまりないけど)と影を、たんたんと描いてあります。
油田の炎はとても美しかった。
それと、砂漠のシーンのバックに流れる音楽というか音に近かったけど『2001年』を思わせて、何かの始まり、そこから生まれるもの、という感じがしました。


