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06.17.16:16 [PR] |
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12.16.21:33 観察~映画~ |
田辺・弁慶映画祭で第一回審査員特別賞を受賞した作品。
といっても、主演が緒川たまきでなければきっと観なかった。
子どもの頃、丘の上の家に住む女の子を望遠鏡で見ていた茂樹。
引っ越すことになり、「君をずっと見ていたかった」と手紙を送る。
茂樹から見られていることを知っていた弥生。
家庭で孤独だった少女の唯一のよりどころは、茂樹の望遠鏡に反射する光だった。
40年のあいだ、ずっと見ていた男と見られていた女。
というと、気持ち悪いですね。
が、不思議なことに全然気持ち悪くない。
むしろ、男の気持ちも女の気持ちも判ってしまう・・・あー、そんなこと言うと私も変だと思われる、、、まぁいいか。
古い映画で「フォロー・ミー」という作品を観たことがあるのですが、これもずいぶん変わった作品で、好きな人との距離感・そこにその人がいて何を思い何を感じるかなぞっていく話なのですが、そんな感じ。
ほとんどストーキングなんだけど、付いてこられてる相手がそれをイヤだと感じるのではなく、させてる。
それもふたりの愛情を育てるために。
「観察」の場合はふたりは子どもの頃、たった一度だけ同じ空間を共有する。
その後、ふたりの時間が触れ合うことは無いに等しい。
大人になって一度、ふたりの時間が微かに重なるが、そのふたりの切ないこと・・・・
緒川たまき、こんな演技もできるようになったんだなぁ。
上手でたまらんとは言わないけど、良かった。
相手役の小沢和義、初めて観たけどセクシーな人だった。
掘り出しものです。

といっても、主演が緒川たまきでなければきっと観なかった。
子どもの頃、丘の上の家に住む女の子を望遠鏡で見ていた茂樹。
引っ越すことになり、「君をずっと見ていたかった」と手紙を送る。
茂樹から見られていることを知っていた弥生。
家庭で孤独だった少女の唯一のよりどころは、茂樹の望遠鏡に反射する光だった。
40年のあいだ、ずっと見ていた男と見られていた女。
というと、気持ち悪いですね。
が、不思議なことに全然気持ち悪くない。
むしろ、男の気持ちも女の気持ちも判ってしまう・・・あー、そんなこと言うと私も変だと思われる、、、まぁいいか。
古い映画で「フォロー・ミー」という作品を観たことがあるのですが、これもずいぶん変わった作品で、好きな人との距離感・そこにその人がいて何を思い何を感じるかなぞっていく話なのですが、そんな感じ。
ほとんどストーキングなんだけど、付いてこられてる相手がそれをイヤだと感じるのではなく、させてる。
それもふたりの愛情を育てるために。
「観察」の場合はふたりは子どもの頃、たった一度だけ同じ空間を共有する。
その後、ふたりの時間が触れ合うことは無いに等しい。
大人になって一度、ふたりの時間が微かに重なるが、そのふたりの切ないこと・・・・
緒川たまき、こんな演技もできるようになったんだなぁ。
上手でたまらんとは言わないけど、良かった。
相手役の小沢和義、初めて観たけどセクシーな人だった。
掘り出しものです。
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12.16.21:30 百万円と苦虫女~映画~ |
蒼井優の蒼井優による蒼井優のための映画。
音楽はエンドロールの主題歌しかなく(『クラムボン』の原田郁子♪)、蒼井優は細くて白くて頼りない全身で所在なさげにそこにいて、淡々として・・・・
空や風を感じられる演出が素敵でした。
叙情的、といえるほどでもないところがいい。
ただの日常の中にある、ふっ・・・と物思いに耽ったときの感じ。
心地よかったです。
時折、弟の学校の様子が挿入されることと、旅先からの手紙がとても切ない。
ラストで一瞬「あーあ、これじゃあ陳腐に終わるよー」と思わせる場面があったのですが、かろうじて残ってくれたです。
すごく好きです、この作品。
蒼井優は・・・蒼井優はー・・・・とても良いです。
この人の今後はどうなっていくのでしょう。
今の彼女からは、この人が年を重ねていく、というイメージがちっとも湧かないです。
ずっと見ていたいけど、原節子のように頂点の美しいままで消えてほしいような、儚いというか、少女の面影を永遠に感じさせたままでいてほしいような、そんな気にさせる人なのです。

音楽はエンドロールの主題歌しかなく(『クラムボン』の原田郁子♪)、蒼井優は細くて白くて頼りない全身で所在なさげにそこにいて、淡々として・・・・
空や風を感じられる演出が素敵でした。
叙情的、といえるほどでもないところがいい。
ただの日常の中にある、ふっ・・・と物思いに耽ったときの感じ。
心地よかったです。
時折、弟の学校の様子が挿入されることと、旅先からの手紙がとても切ない。
ラストで一瞬「あーあ、これじゃあ陳腐に終わるよー」と思わせる場面があったのですが、かろうじて残ってくれたです。
すごく好きです、この作品。
蒼井優は・・・蒼井優はー・・・・とても良いです。
この人の今後はどうなっていくのでしょう。
今の彼女からは、この人が年を重ねていく、というイメージがちっとも湧かないです。
ずっと見ていたいけど、原節子のように頂点の美しいままで消えてほしいような、儚いというか、少女の面影を永遠に感じさせたままでいてほしいような、そんな気にさせる人なのです。
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12.16.21:20 西の魔女が死んだ~映画~ |
全体的に「包まれる」という雰囲気。
頬を包む両手
風がゆらすカーテン
手のひらの野いちご
野いちご畑にたたずむ
野原で寝ころぶ
森の中で膝を抱える少女 etc・・・
『赦す』ということ、『赦される』ということ、また、それをどうしても受け入れられず、感情のまま自身をさらすこと。
魔女修行には強い意志の力が必要なのだそうです。
しかし、どんなに素晴らしい魔女であってもたまには感情に流されて相手にそれをぶつけることもある。
そんな自分に素直に傷つく心を持つことは、きっと素敵なこと。
なぜなら、自分の弱さを知ったときにきっと、私たちは何かを学ぶのだと思うのです。
魂の本質は「成長したい」気持ちだから「体」を持つのだ、というセリフにはすごく共感しました。
音楽も良かった。
この主演のサチ・パーカーさんてシャーリー・マクレーンの娘さんだそうですね、似てないけど。
良かったです、彼女。
カタコト日本語の雰囲気が、すごく作品に合ってました。
てしまあおい(漢字変換できなかった)の歌もいい。
木々の香りや、葉っぱの匂い、湿った林の空気、ハーブを渡る風、灯かりのない星空、全てが優しくて、いつまでもあの中に浸っていたいと思える、素敵な作品でした。
ほんとに、大きな心・優しさに包まれる、って感じで、暖かい涙を流してきました。

頬を包む両手
風がゆらすカーテン
手のひらの野いちご
野いちご畑にたたずむ
野原で寝ころぶ
森の中で膝を抱える少女 etc・・・
『赦す』ということ、『赦される』ということ、また、それをどうしても受け入れられず、感情のまま自身をさらすこと。
魔女修行には強い意志の力が必要なのだそうです。
しかし、どんなに素晴らしい魔女であってもたまには感情に流されて相手にそれをぶつけることもある。
そんな自分に素直に傷つく心を持つことは、きっと素敵なこと。
なぜなら、自分の弱さを知ったときにきっと、私たちは何かを学ぶのだと思うのです。
魂の本質は「成長したい」気持ちだから「体」を持つのだ、というセリフにはすごく共感しました。
音楽も良かった。
この主演のサチ・パーカーさんてシャーリー・マクレーンの娘さんだそうですね、似てないけど。
良かったです、彼女。
カタコト日本語の雰囲気が、すごく作品に合ってました。
てしまあおい(漢字変換できなかった)の歌もいい。
木々の香りや、葉っぱの匂い、湿った林の空気、ハーブを渡る風、灯かりのない星空、全てが優しくて、いつまでもあの中に浸っていたいと思える、素敵な作品でした。
ほんとに、大きな心・優しさに包まれる、って感じで、暖かい涙を流してきました。
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12.16.21:12 靖国YASUKUNI~映画~ |
観てよかったです。
最初に出てきた右翼の人の檄文には共感できました。
8月15日に軍服を着て行進して御参りに来る人たち、彼らに至っても、アメリカの退役軍人パレードなんかに比べると実にささやかなものだと思うし。
南京大虐殺は捏造である、という考え方には賛成できませんが、そのあたりにしても私自身が歴史を知らなさすぎる、と思っています。
だから何とも言えません。
この作品を観る限り、靖国参拝に関しては戦争経験者や関係者ではない人たちがとやかく言えることなのだろうか?と感じました。
ただし、この考えも危険ではあります。
なぜなら、現在生きていて、元気にしているほとんどの日本人が戦争経験者ではないからです。
観ながら感じたのは、公平な歴史認識のない、そのほとんどの戦争不経験者たちがこれからの「靖国問題」を議論せねばならない状況にある怖さ、でした。
刀工の刈谷さんが「昔の強烈な思い出は?何か伝えたい思いはないか?」と尋ねられたときに、笑って何も答えなかったこと。
自分の作った軍刀で機関銃を切った、と教えてもらった、と話していたこと。
もっと色んなものを切ったことを聞いているでしょう。
そして、そう聞いたときに彼が何を感じたのかは決して第三者は判らないことです。
憤りだったか、それとも歓喜に似た達成感だったかもしれません。
でも、そんな気持ちはただの一般人である私たちには理解できないことです。
強烈な思い出や思いを、どんなに真剣に他人に語っても、聞いたその次の瞬間に他人は別のことを考える。
話すだけ無駄。
それを彼は知ってるのかもしれません。
目隠しして後ろ手に座らされた人に刀を振り下ろさん、とする軍人の写真。
首を持った軍人の写真。
そしてどこかの町に投下される爆弾の雨。
投下される原爆。
きのこ雲。
その一連の写真や映像には涙が溢れました。
いったいどこの誰が今にも目の前で殺されんとする人の写真を観て無感動でいられますか。
いったい日本人の誰が原爆を投下された映像を観て無感動でいられますか。
8月15日靖国神社の一日と、軍刀を打つことを仕事として誇りをもって過ごしてきた刈谷さん。
喧騒と静寂のコントラストに、戦争と思想と魂と神、それらに翻弄され続けている生霊のような日本人の姿がありました。

最初に出てきた右翼の人の檄文には共感できました。
8月15日に軍服を着て行進して御参りに来る人たち、彼らに至っても、アメリカの退役軍人パレードなんかに比べると実にささやかなものだと思うし。
南京大虐殺は捏造である、という考え方には賛成できませんが、そのあたりにしても私自身が歴史を知らなさすぎる、と思っています。
だから何とも言えません。
この作品を観る限り、靖国参拝に関しては戦争経験者や関係者ではない人たちがとやかく言えることなのだろうか?と感じました。
ただし、この考えも危険ではあります。
なぜなら、現在生きていて、元気にしているほとんどの日本人が戦争経験者ではないからです。
観ながら感じたのは、公平な歴史認識のない、そのほとんどの戦争不経験者たちがこれからの「靖国問題」を議論せねばならない状況にある怖さ、でした。
刀工の刈谷さんが「昔の強烈な思い出は?何か伝えたい思いはないか?」と尋ねられたときに、笑って何も答えなかったこと。
自分の作った軍刀で機関銃を切った、と教えてもらった、と話していたこと。
もっと色んなものを切ったことを聞いているでしょう。
そして、そう聞いたときに彼が何を感じたのかは決して第三者は判らないことです。
憤りだったか、それとも歓喜に似た達成感だったかもしれません。
でも、そんな気持ちはただの一般人である私たちには理解できないことです。
強烈な思い出や思いを、どんなに真剣に他人に語っても、聞いたその次の瞬間に他人は別のことを考える。
話すだけ無駄。
それを彼は知ってるのかもしれません。
目隠しして後ろ手に座らされた人に刀を振り下ろさん、とする軍人の写真。
首を持った軍人の写真。
そしてどこかの町に投下される爆弾の雨。
投下される原爆。
きのこ雲。
その一連の写真や映像には涙が溢れました。
いったいどこの誰が今にも目の前で殺されんとする人の写真を観て無感動でいられますか。
いったい日本人の誰が原爆を投下された映像を観て無感動でいられますか。
8月15日靖国神社の一日と、軍刀を打つことを仕事として誇りをもって過ごしてきた刈谷さん。
喧騒と静寂のコントラストに、戦争と思想と魂と神、それらに翻弄され続けている生霊のような日本人の姿がありました。
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12.16.17:15 トウキョウソナタ~映画~ |
リストラされたことを家族に言えない男。
主婦。
いまどきの青年である長男。
多感で真っ直ぐな次男。
この家族は父親を頂点に、昔ながらの「家族は父に守られ、母は家を守る」形をとっている。
父がリストラされたことを観客は知らされる。
すると、その一般的な家庭の形がひどく歪んで見えてくる。
なぜにこうも男は家族に虚勢を張らねばならず、主婦は何も言わずにそれを許さねばならないのか・・・・
そこまでして家族の形を守らねばならないのか・・・・
あの夜。
あの夜を過ごした両親と次男の朝、あのシーンの深さに戦慄するとともに、あ、だから家族なんだ・・・と納得せずにおれない。
次男のピアノはドビュッシーだそうです、有名な、よーく流れる曲です。ラフマニノフではなしに(~~;)
それにしても『主婦』
あんなにドロドロして汚くて切なくてやっかいな思いを経験できるなんて、絶対に素敵だ!
この作品の小泉今日子の気持ちに、ぴったり寄り添えた私は、案外めちゃめちゃ幸せ者だと思った。
夫と子ども、という手かせ足かせがあるからこその気持ち。
それ、ちょっと良くない?と、ほくそ笑んでみる・・・
と、ここまでは私の所属している映画サークルのフォーラムに書いた。
この作品で秀逸だったのは、主婦が「隠しもっているもの」の怖さである。
主婦って面白いですよ。
とてもドロドロしてるし、「夫が仕事中に事故にでも遭って死んでくれないかな。そしたら労災でるし」なんて話、フツーにやったりするのです。
コワイですね~~
「誰か引っ張って」と手を伸ばす漠然とした何かへの不安と確実な寂しさは、濡れた床を拭きながらもう一度わざと窓を開けて濡れてみる気持ちと、ショッピングセンターで夫に遭った後に結んだ髪をほどいて車をオープンにして走る気持ちに繋がると思います。
要は、「日常から離れることのできるもの」に対しての、ちょっとしたきっかけです。
海に辿り着いたとき、女は既に全てを覚悟してるけど、男はできていない。
もちろんお互いに愛などなく、女にとっては「渡りに舟」でしかないけど。
男は女の覚悟に気付いたから、弱い自分の立場を守るためにも、曝さぬためにも夜が明ける前に女の前から逃げなければならなかった。
女にしてみたら、「あ~~あ・・・やっぱりね・・・・」ってなもんでしょうね。
夜明けとともに、どれどれ「日常」へ、もどりますか、、、、という彼女の気持ちも、ミョーに理解できました。
それぞれの夜を過ごした朝ごはん。
そしてピアノの演奏。
家族は一時再生したけれど、主婦は必ずどこかに同じ気持ちは残しているでしょう。
決して日常に退屈しているのではなく、そこから離れさせてくれるもの、を待っているのです。。。。

主婦。
いまどきの青年である長男。
多感で真っ直ぐな次男。
この家族は父親を頂点に、昔ながらの「家族は父に守られ、母は家を守る」形をとっている。
父がリストラされたことを観客は知らされる。
すると、その一般的な家庭の形がひどく歪んで見えてくる。
なぜにこうも男は家族に虚勢を張らねばならず、主婦は何も言わずにそれを許さねばならないのか・・・・
そこまでして家族の形を守らねばならないのか・・・・
あの夜。
あの夜を過ごした両親と次男の朝、あのシーンの深さに戦慄するとともに、あ、だから家族なんだ・・・と納得せずにおれない。
次男のピアノはドビュッシーだそうです、有名な、よーく流れる曲です。ラフマニノフではなしに(~~;)
それにしても『主婦』
あんなにドロドロして汚くて切なくてやっかいな思いを経験できるなんて、絶対に素敵だ!
この作品の小泉今日子の気持ちに、ぴったり寄り添えた私は、案外めちゃめちゃ幸せ者だと思った。
夫と子ども、という手かせ足かせがあるからこその気持ち。
それ、ちょっと良くない?と、ほくそ笑んでみる・・・
と、ここまでは私の所属している映画サークルのフォーラムに書いた。
この作品で秀逸だったのは、主婦が「隠しもっているもの」の怖さである。
主婦って面白いですよ。
とてもドロドロしてるし、「夫が仕事中に事故にでも遭って死んでくれないかな。そしたら労災でるし」なんて話、フツーにやったりするのです。
コワイですね~~
「誰か引っ張って」と手を伸ばす漠然とした何かへの不安と確実な寂しさは、濡れた床を拭きながらもう一度わざと窓を開けて濡れてみる気持ちと、ショッピングセンターで夫に遭った後に結んだ髪をほどいて車をオープンにして走る気持ちに繋がると思います。
要は、「日常から離れることのできるもの」に対しての、ちょっとしたきっかけです。
海に辿り着いたとき、女は既に全てを覚悟してるけど、男はできていない。
もちろんお互いに愛などなく、女にとっては「渡りに舟」でしかないけど。
男は女の覚悟に気付いたから、弱い自分の立場を守るためにも、曝さぬためにも夜が明ける前に女の前から逃げなければならなかった。
女にしてみたら、「あ~~あ・・・やっぱりね・・・・」ってなもんでしょうね。
夜明けとともに、どれどれ「日常」へ、もどりますか、、、、という彼女の気持ちも、ミョーに理解できました。
それぞれの夜を過ごした朝ごはん。
そしてピアノの演奏。
家族は一時再生したけれど、主婦は必ずどこかに同じ気持ちは残しているでしょう。
決して日常に退屈しているのではなく、そこから離れさせてくれるもの、を待っているのです。。。。


