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06.15.14:42 [PR] |
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12.17.13:36 中国の植物学者の娘たち~映画~ |
ほんっとに色の綺麗な映画でした・・・・・・
もおう、あの植物園や温室、家屋、その色合いだけでウットリ。
そのうえ、主演の中仏混血の女優の瞳の色(吸い込まれそうなグレイ)、中国人女優の肌と唇の色、ほんっっっっっとに美しかった。
中国では同性愛に対してはまだまだまだまだ色んな規制があり、この作品の主演女優選びでもなかなか決まらなかったそうです。
そんな中、あんな素敵な女優さんが演じてくれたなんてラッキーでした。
撮影も中国以外だったとか。
確かに内容は同性愛をベースにした、まだまだ男性優位で閉鎖的な中国社会批判のような感じを受けました。
以下、ネタバレしてます。
ラストシーンのふたりの灰。
決して離れないように、というふたりの願いを込めて放った108羽のハトと同じ景色にとけていくのですが、その景色というのはとても大きな自然の中であり、結局私たち人間もその中の一部。
愛も願いも罪も罰も、しょせん人間の儚いものでしかなく、こうして自然の中に放たれてみるとなんと小さなものか。
切ないような、愛しいような、複雑な気分です。

もおう、あの植物園や温室、家屋、その色合いだけでウットリ。
そのうえ、主演の中仏混血の女優の瞳の色(吸い込まれそうなグレイ)、中国人女優の肌と唇の色、ほんっっっっっとに美しかった。
中国では同性愛に対してはまだまだまだまだ色んな規制があり、この作品の主演女優選びでもなかなか決まらなかったそうです。
そんな中、あんな素敵な女優さんが演じてくれたなんてラッキーでした。
撮影も中国以外だったとか。
確かに内容は同性愛をベースにした、まだまだ男性優位で閉鎖的な中国社会批判のような感じを受けました。
以下、ネタバレしてます。
ラストシーンのふたりの灰。
決して離れないように、というふたりの願いを込めて放った108羽のハトと同じ景色にとけていくのですが、その景色というのはとても大きな自然の中であり、結局私たち人間もその中の一部。
愛も願いも罪も罰も、しょせん人間の儚いものでしかなく、こうして自然の中に放たれてみるとなんと小さなものか。
切ないような、愛しいような、複雑な気分です。
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12.17.13:32 チャプター27~映画~ |
スナフキン曰く
『あまり誰かを崇拝しすぎることは、自分の自由を失うこと』
だけど
『ぼくが見てきれいだと思っている間は、それが世界中の人たちのものだとしてもぼくのものさ』
何かに強く惹かれたことがあるならば、このふたつの言葉の矛盾を愛せるはず。
そしてその矛盾は矛盾であるからこそ、そのままで決して突き詰めてはいけないことも。
とても緊張感のある作品でした。
ジョン・レノンを殺害したマーク・チャップマンが愛読していた『ライ麦畑でつかまえて』26章、つまりレノン殺害が物語の27章である、というタイトルでしょう。
チャップマンの救いようの無い孤独感、それが最初から最後まで画面から伝わってきて、とても怖い作品でした。
ジャレッド・レトが怖かったし、良かった。
うまい言葉が出てきませんが、とても怖かった。
どうしてチャップマンがあんなに狂信的になってしまったのか、それは判りませんが、彼の中にあった怖いほどの孤独はすごく伝わってきました。
20歳のときに東京でマーク・チャップマンの手記を読みました。
手記を読むために、掲載されていた「PLAYBOY」を買った私を友人は馬鹿じゃない?と笑って、だからこそ私は意味の判らない彼の手記を適当にあしらうことができました。
同時に『ライ麦畑~』も読んだけれど、これもピンとこなかった。
今思うと、彼女に感謝します。

『あまり誰かを崇拝しすぎることは、自分の自由を失うこと』
だけど
『ぼくが見てきれいだと思っている間は、それが世界中の人たちのものだとしてもぼくのものさ』
何かに強く惹かれたことがあるならば、このふたつの言葉の矛盾を愛せるはず。
そしてその矛盾は矛盾であるからこそ、そのままで決して突き詰めてはいけないことも。
とても緊張感のある作品でした。
ジョン・レノンを殺害したマーク・チャップマンが愛読していた『ライ麦畑でつかまえて』26章、つまりレノン殺害が物語の27章である、というタイトルでしょう。
チャップマンの救いようの無い孤独感、それが最初から最後まで画面から伝わってきて、とても怖い作品でした。
ジャレッド・レトが怖かったし、良かった。
うまい言葉が出てきませんが、とても怖かった。
どうしてチャップマンがあんなに狂信的になってしまったのか、それは判りませんが、彼の中にあった怖いほどの孤独はすごく伝わってきました。
20歳のときに東京でマーク・チャップマンの手記を読みました。
手記を読むために、掲載されていた「PLAYBOY」を買った私を友人は馬鹿じゃない?と笑って、だからこそ私は意味の判らない彼の手記を適当にあしらうことができました。
同時に『ライ麦畑~』も読んだけれど、これもピンとこなかった。
今思うと、彼女に感謝します。
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12.17.13:30 この道は母へと続く |
ロシア映画です。
可愛くて素敵だった!
世界中の貧困国の孤児たちが、裕福な国のお金持ちに養子にもらわれているのですが(貧困国で、孤児で、とは限りませんが)、仲介する人によっては人身売買であったり、臓器売買であったり、という現実があります。
この作品は施設に預けられている子どもが養子が決まったけれど、「養子に行ったあとに母親が迎えにきたらどうしよう」と、本当の母親に会いに行く、というお話です。
施設には小さい子から大きい子まで年齢は様々で、大きい子は大きい子なりに施設の中で独立し、自分たちの生活を営んでいます。
そのたくましいこと・・・・・
女の子は売春であったり、施設の中で小さい子の世話をしたり、男の子はガソリンスタンドだったり、施設に来る養子仲介人の車の部品を盗んだり。
だけど、それがとても明るくてたくましい。
稼いだお金は皆で貯めてたりして。
ただ、こんな例えで悪いのだけれど、ペットショップの動物同様、小さい子じゃないと養子にいけないという現実がすごく悲しい。そして、そんな子どもたちが母親の存在を欲していることがつらい。
トラック運転手相手に売春しているイルカという少女が、主人公ワーニャに見せる母性がなんとも爽やかです。
それと、仲介人の運転手!
この人、いい!最後、すっげースッキリ!こーでなくちゃ!っていうか、判るよ!あの気持ち♪
つらい話題でもあり、考えるととても悲しい現実なのですが、そこに生きる子どもたちのたくましさがまぶしい、素敵な作品でした。

可愛くて素敵だった!
世界中の貧困国の孤児たちが、裕福な国のお金持ちに養子にもらわれているのですが(貧困国で、孤児で、とは限りませんが)、仲介する人によっては人身売買であったり、臓器売買であったり、という現実があります。
この作品は施設に預けられている子どもが養子が決まったけれど、「養子に行ったあとに母親が迎えにきたらどうしよう」と、本当の母親に会いに行く、というお話です。
施設には小さい子から大きい子まで年齢は様々で、大きい子は大きい子なりに施設の中で独立し、自分たちの生活を営んでいます。
そのたくましいこと・・・・・
女の子は売春であったり、施設の中で小さい子の世話をしたり、男の子はガソリンスタンドだったり、施設に来る養子仲介人の車の部品を盗んだり。
だけど、それがとても明るくてたくましい。
稼いだお金は皆で貯めてたりして。
ただ、こんな例えで悪いのだけれど、ペットショップの動物同様、小さい子じゃないと養子にいけないという現実がすごく悲しい。そして、そんな子どもたちが母親の存在を欲していることがつらい。
トラック運転手相手に売春しているイルカという少女が、主人公ワーニャに見せる母性がなんとも爽やかです。
それと、仲介人の運転手!
この人、いい!最後、すっげースッキリ!こーでなくちゃ!っていうか、判るよ!あの気持ち♪
つらい話題でもあり、考えるととても悲しい現実なのですが、そこに生きる子どもたちのたくましさがまぶしい、素敵な作品でした。
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12.17.13:26 2001年宇宙の旅~映画~ |
この作品、劇場で観て良かったっ!
今まで意味わからん!つまらん!と思ってたのは、テレビの小さい画面で観てたからだと判りました。
無理して時間つくってよかった♪
ここがこうでこうだからこうなんです、とハッキリ解説できはしないのですが、まず画面の構成がきれい。
全てのシーンがそのまま絵になる。
配色といい、置かれている風景や家具、壁、人、カンペキ。
これぞキューブリック作!
で、『ツァラトゥストラかく語りき』で始まるオープニングが鳥肌ものでした。
『美しき青きドナウ』で表される宇宙旅行、ただの息遣いのみ、の宇宙活動、美しい光線群・・・・・そのあとにやってくる無音の、そして美しいけれど牢獄のような真っ白い部屋。
胎児に返るデイブ、また流れる『ツァラトゥストラ』・・・・
ニーチェの言う超人の永劫回帰。
なんとなく判ってきましたよ。
第1章から、まずあの石碑は神を象徴しているのではないでしょうか。
恐る恐る触れた猿は道具を使うことを知り、動物の血を流すことを知り、そして争いで血を流すことを知る。
知能を持ったためにその罪を血で贖う、まさに『バベル』に出てきた血による贖罪の始まりです。
そう考えると、少し説明不足な感じはありますが、宇宙での船外活動で同僚を死に至らしめたデイブ、超人であることを誇っていたHALを消してしまったデイブ、そして多分彼の罪により未来へと続いていたはずの美しい光線群の先にある白い部屋は囚われの牢獄ではないか、と思うのです。
最後、胎児に返った彼ですが、それは私たち人間の罪の歴史は繰り返す、という意味かもしれません。
それはニーチェ=永劫回帰という考え方から、私が小さい頭で想像したにすぎませんが。
そうだ、確かにニーチェと神という考え方は矛盾してる・・・・
ま、とにかく劇場で観てない人は是非、観て損はなし!私ですら、眠くなりませんでしたよ。
HALはやっぱり可哀想・・・・・

今まで意味わからん!つまらん!と思ってたのは、テレビの小さい画面で観てたからだと判りました。
無理して時間つくってよかった♪
ここがこうでこうだからこうなんです、とハッキリ解説できはしないのですが、まず画面の構成がきれい。
全てのシーンがそのまま絵になる。
配色といい、置かれている風景や家具、壁、人、カンペキ。
これぞキューブリック作!
で、『ツァラトゥストラかく語りき』で始まるオープニングが鳥肌ものでした。
『美しき青きドナウ』で表される宇宙旅行、ただの息遣いのみ、の宇宙活動、美しい光線群・・・・・そのあとにやってくる無音の、そして美しいけれど牢獄のような真っ白い部屋。
胎児に返るデイブ、また流れる『ツァラトゥストラ』・・・・
ニーチェの言う超人の永劫回帰。
なんとなく判ってきましたよ。
第1章から、まずあの石碑は神を象徴しているのではないでしょうか。
恐る恐る触れた猿は道具を使うことを知り、動物の血を流すことを知り、そして争いで血を流すことを知る。
知能を持ったためにその罪を血で贖う、まさに『バベル』に出てきた血による贖罪の始まりです。
そう考えると、少し説明不足な感じはありますが、宇宙での船外活動で同僚を死に至らしめたデイブ、超人であることを誇っていたHALを消してしまったデイブ、そして多分彼の罪により未来へと続いていたはずの美しい光線群の先にある白い部屋は囚われの牢獄ではないか、と思うのです。
最後、胎児に返った彼ですが、それは私たち人間の罪の歴史は繰り返す、という意味かもしれません。
それはニーチェ=永劫回帰という考え方から、私が小さい頭で想像したにすぎませんが。
そうだ、確かにニーチェと神という考え方は矛盾してる・・・・
ま、とにかく劇場で観てない人は是非、観て損はなし!私ですら、眠くなりませんでしたよ。
HALはやっぱり可哀想・・・・・
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12.17.13:19 マル秘 色情めす市場~映画~ |
『女は二種類、それを知ってる女・知らない女』というコピーがなんかの作品にありました。
例えばこの作品を当てはめると、私にどんな言葉が浮かぶか?というと「愛」「恥」「性」「生」「死」。
主人公とめ(芹明香)は自身が生きるために体を売っていて、そのことに対して何の疑問も羞恥もない。
ある意味すごく潔いし、誰にも媚びずに生きているので格好良い。
しかし彼女の母親(花柳幻舟)は対極にある。
男に貢ぐために体を売り、その男は娘にも手を出すような下衆で、しかしそんな男じゃないと相手にされないからどんなに年増とバカにされようとも体を売る。
世の中の全てに媚びながら生きているのに、そのことを知りながら開き直ってる姿が気持ち悪い。
ふたりとも愛を知らない女だが、片方は恥を知り、片方は知らない。
主人公は母親を見ていたから恥を知っている。
そこに新しい女が現われる。
宮下順子。
彼女は性しか知らない女だ。
純粋にセックスに溺れることのできる女、それもある意味潔い。
バカな男に貢ぐために体を売り始めたけれど、その男よりも段階の上の男にさっさと乗り換えることができる。
バカな男はバカなりに恥を知っていたから最後の抵抗をする。
恋愛のもつれなら、あのような最後、女冥利につきると思う。
母親がトメの目の前で流産したとき、恥を知っているトメは自分が生まれたこと自体が恥であった、と悟ったのだと思う。
だから近親相姦の関係にありながらも決して挿入まではさせてなかった弟と結ばれたのかもしれない。
自分を人間の「女」ではなく動物の「めす」にすることで、その恥を受け入れようとしたのかもしれない。
その弟はもしかしたら弱い頭で恥を知っていた。
だから死んだ。
自分の「めす」の部分を失ったトメは生きる。
きっと今まで以上にたくましく、そして今度は明るく。
ラスト、スカートをひらひらさせながら男の横でくるくる回ってみせた彼女は本当に頼もしく見えた。
とにかく、面白いといえば面白い。
もう一度観たいとも、誰かにすすめようとも思いませんが、一度経験しておいて損はなかったです。
宮下順子はホントにいやらしいですねぇ♪
他の人のシーンは気持ち悪くても、彼女のシーンはやらしかった。
宮下順子はいい♪

例えばこの作品を当てはめると、私にどんな言葉が浮かぶか?というと「愛」「恥」「性」「生」「死」。
主人公とめ(芹明香)は自身が生きるために体を売っていて、そのことに対して何の疑問も羞恥もない。
ある意味すごく潔いし、誰にも媚びずに生きているので格好良い。
しかし彼女の母親(花柳幻舟)は対極にある。
男に貢ぐために体を売り、その男は娘にも手を出すような下衆で、しかしそんな男じゃないと相手にされないからどんなに年増とバカにされようとも体を売る。
世の中の全てに媚びながら生きているのに、そのことを知りながら開き直ってる姿が気持ち悪い。
ふたりとも愛を知らない女だが、片方は恥を知り、片方は知らない。
主人公は母親を見ていたから恥を知っている。
そこに新しい女が現われる。
宮下順子。
彼女は性しか知らない女だ。
純粋にセックスに溺れることのできる女、それもある意味潔い。
バカな男に貢ぐために体を売り始めたけれど、その男よりも段階の上の男にさっさと乗り換えることができる。
バカな男はバカなりに恥を知っていたから最後の抵抗をする。
恋愛のもつれなら、あのような最後、女冥利につきると思う。
母親がトメの目の前で流産したとき、恥を知っているトメは自分が生まれたこと自体が恥であった、と悟ったのだと思う。
だから近親相姦の関係にありながらも決して挿入まではさせてなかった弟と結ばれたのかもしれない。
自分を人間の「女」ではなく動物の「めす」にすることで、その恥を受け入れようとしたのかもしれない。
その弟はもしかしたら弱い頭で恥を知っていた。
だから死んだ。
自分の「めす」の部分を失ったトメは生きる。
きっと今まで以上にたくましく、そして今度は明るく。
ラスト、スカートをひらひらさせながら男の横でくるくる回ってみせた彼女は本当に頼もしく見えた。
とにかく、面白いといえば面白い。
もう一度観たいとも、誰かにすすめようとも思いませんが、一度経験しておいて損はなかったです。
宮下順子はホントにいやらしいですねぇ♪
他の人のシーンは気持ち悪くても、彼女のシーンはやらしかった。
宮下順子はいい♪


