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  • 12/16/12:32

08.16.00:23

蛇の目の松

syouwazankyou.jpg蛇の目の松、という通称を知っている人も、地元には少なくなってしまった。
その人は体は小さいけれど、一見して「堅気の人じゃない!」雰囲気をぼわんぼわん出している。
昔から住んでいる地元民も、元は商売の盛んな通りだった中村通りが寂れるに従って引っ越ししたり、または歳とって死んだりで、地域のお祭りも今年はえらい小さな規模になってしまっていた。

私の生まれ育った大淀・中村町のヤクザ、松本会の会長さんはたいてい近所のパチンコ屋にいる。
いるだけでパチンコをやるわけでもなさそうだ。
彼の事務所兼自宅からパチンコ屋までの100mほどの道のりに、私の実家があるので、とても特徴ある歩き方の小さな男が見えると、それは「蛇の目の松」である。
ヤクザ同士の喧嘩で、下着一枚で逃げてきた若いもんを、押入れに匿ったことがある、と亡くなった祖父から聞いたことがある。
あのいつも穏やかで仏さまのようだった祖父が、追っ手に対峙している姿を、「昭和残侠伝」の池辺良に重ねてみたりする。
怒りや愛情が、目に見えて手にとりやすい時代だったのかもしれない。

tsukihune1.jpgお盆の送り火を焚いていたら、蛇の目の松が通りかかって「おぉう」と母に声をかけた。
小さくてガニ股の彼を見送りながら、私が子供のころから変わらずそこにあるものに、とても優しい気持ちになった。

今夜もたくさんの家の前で火が焚かれている。
ささやかな行事だけれど、その火を囲んで思い思いに過ごす。
焚き火には不思議な力がある。
帰ったきた魂と、蛇の目の松。
彼の背中に、子どもの頃の私が小さな声で「じゃのめのまつー」と呼んでみた。
そのとなりでは小さな弟も、一緒に「じゃのめのまつー」と呼んでたはず。
ふたり、まるでピンポンダッシュな気分で。


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Re:蛇の目の松
2009年08月16日日

「蛇の目の松」・・かっこいい呼び名ですね。
なぜ「蛇の目」の肩書きがついたのかと考えてしまいました。

昨日末広町あたりを通りましたが、道路が拡張され、マンションなどが建ち、雰囲気が昔と全く違っているのに驚きました。

道路の拡張とマンションが、昔の風情を消していってしまうのでしょうか?

Re:Re:蛇の目の松
夕べ、母とも何で蛇の目の松?って話してたんですよー♪
単純に「蛇の目傘持ってたんじゃない?」とか・・・

末広あたりも変わりましたねぇ。
ホントに道路が広くなって開けて・・・
立正寺から第一葬祭までの一画とか、山口かまぼこからソープ街までの一画とか、小~さく残ってますが。
あそこらあたりって歩くのも憚れる、車で通るだけでドキドキしたものですけどー
2009/08/16 09:30

蛇の目、、
2009年08月16日日

バサッと音を立てて開くと
油の匂いがぷーんと広がって

雨の音がパラパラとリズミカルで
心地よかった

そんな情景も『蛇の目』という言葉も
遠ざかる昭和の記憶


今の時代には不要なものかもしれないけど
無くしてしまうのは勿体ないし寂しい

少し不便で少し不器用な昭和の忘れ物
その暖かさがとても愛おしい

Re:蛇の目、、
そうですねぇ。
昭和ねぇ・・・・

私の地元、以前はわりと活気があったので、新しく店を始める、っちゃあ地元の元締めに挨拶とか、寄合いとか、やってました。
父が雀荘やってたので、その手の人たち普通に見てたし来てたし。
自慢じゃないですが、私が初めてカラオケ歌ったのは小学5年生のとき、ママさんに連れて行ってもらったホストクラブです。。。。。。なぜか吉田拓郎の「夏休み」と、誰のか知らない「小さな日記」・・・・・
これまた当時の担任が面白い人で、一日の終わりの会でフォークギター持って私たちに歌わせるんです。
その手の歌。
彼もガンで早死にしちゃいました。
2009/08/16 12:04

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