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  • 05/25/19:40

03.07.09:33

ふがいない僕は空を見た ~映画~

hugainai.jpg現実的すぎて鬱々とした気分になってしまいそうだったが、ホントに現実的すぎるから、どんなにどん底な生活を見せられても、どんな生活の中にあっても人はそれなりに生きていくし、その人の強さとか弱さとかは「生きている」ということにはそう関係ないのかもしれないなと思った。
個人がどうの、というよりも、そんな個人が集まって社会が成り立つ。
社会は人が生きている限り、それがどんな状況であれ(お金持ちの街だろうと貧困の街だろうと)生き生きと息づいている。
おずおずと上目づかいに見つめる瞳にも、希望のかけらもない景色を見つめる瞳にも、その人が生きている限りそこに強さは必ずある。
怒りも悲しみも絶望も、それは生きている限り、「強さ」のひとつだ。

17歳の少年とアニメのコスプレをしながらセックスにおぼれる人妻、彼女は頼りない夫の母親から強制的に不妊治療を強いられている。
コミケで人妻に声をかけられて以来ずるずると彼女におぼれている少年、
古い団地住まいで痴呆の祖母の面倒を見ながら暮らしている少年の友人、
同じ団地住まいの友人の幼馴染の少女、
少年の母は自宅で助産師をしている。
主にその5人の話しで物語がすすんでいく。
彼らの日常が淡々と流れていく。
彼らの背景が少しずつ見えてくるたびに、誰もがそれなりに幸せ、そして不幸せなんだとわかる。
そして、そんな彼らがいてこその私たちの社会なのだということも。

貧しい生活(心が貧しいのか、だらしなさがそうさせてるのか)をしている家族やその子どもたちの図は、けっして映画の中だけや都会の中だけのことではない。
私が住んでいる街にもある。
以前、少年鑑別所でボランティアをしている人から聞いた話。
そこに入っていたある10代の少女は子だくさんの家の子。
両親はネグレクト、彼女は兄弟の子どもを身籠った。
もう少ししたら鑑別所を出るのだけれど、あの家に帰したら同じことになると思う、でも仕方ないと。
こんな田舎町でもそんなだ。

作品中、人妻の夫が盗撮した少年とのセックス画像を友人らが配って回るシーン、どん底の暮らしをしている二人が他人の不幸をネタにちょっとだけの自由や優越感を感じている姿を観ながら、
そんなことやってるヒマやお金があればもう少し別のことに使おうよと思っていたら、ゲイのアルバイト生が指摘してくれてホッとした。
原作がそうなのかタナダユキがちゃんとしているのか分からないけれど、そのシーンで私はこの作品は良いなと思ったんだった。
ファンタジーのかけらもない。
でも現実にはファンタジーの真似ごとのような出来事だってある。
そんな展開だった。

他、印象的だったのは田畑智子の裸がきれいだったこと。
「空気人形」のペ・ドゥナの裸に見入った以来だった。
良い女優さんだなぁと思っていたけれど、ホントに良い女優さんだと思う。
顔の造形は美人とはいえないけれど、雰囲気が良い。

明るい作品じゃないけれど、後味が悪くなく、好きでした。
 
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07.16.22:19

ヘルタースケルター ~映画~

f513b047.jpeg沢尻エリカが出演した作品は「パッチギ!」しか観ていない。
可愛い子だなという印象しかなかったけれど、私の中で彼女が色付きで見えるようになったのは「クローズド・ノート」の仏頂面からだった。
あの映画も観てはいない。

あの仏頂面は、自分が主演したとはいえ沢尻エリカとしても「つまらん」映画だと思っていたからか?
自分が納得できていない作品を、仕事だからとニコニコして薦めることができない人なのかなと。
それは私が勝手に思っていたこと。
ホントのところは知らない。

「ヘルタースケルター」は、「考えなしの一般大衆にたった一人で立ち向かう傀儡(くぐつ)」という内容。
沢尻エリカが演じるにふさわしい作品だと思う。
くぐつ、操り人形のこと。
彼女はそれを演じようと頑張っていた。
ただ、演出なのか編集なのか、それとも十分に撮影がされていなかったのか、叫んで泣いて怒りをぶつけ、男や女と身体を絡め、そして写真の撮影、、、というパターンばかりが流れていき、主人公の心の深みを感じる事のない作品になっていた。
蜷川実花監督が撮ったPVという印象。

水原希子は、自分を傷つけようと近づくりりこのマネージャーに、たったひと言「いいよ」と言って睨む表情だけで私の気持ちを持って行ってくれたのに、健気に頑張っていた沢尻エリカがあれではもったいなさすぎる。

こずえ(水原希子)は、生まれながらに美しい。
なろうと思ってモデルになったわけでもなし、でも、その体型を維持するために食べたものを吐くという努力は普通にやっている。
それはりりこ(沢尻エリカ)も同じ。
彼女は全身整形。 
造られた美を維持するための努力(メンテナンス)はこずえより多いし、精神的なストレスも随分ある。
全身整形で美と地位を手にする、それを幸せとすることを自ら望み、選んだ。
だから努力もストレスも、そんなものは普通。
たまにマネージャーをいじめて発散するが。
ストレス発散。
マネージャーに、自分の恋人の婚約者に硫酸をかけさせたことも、嫉妬というよりもストレス発散。
「努力」なしに幸せをつかもうとしている者に対しての、暗い復讐。

その復讐は、こずえにも向けられる。
でも、こずえは持って生まれた美しさを使い仕事をしている分、りりこよりも周りを冷静に見る力が備わっていた。
「自分たちは一般大衆の欲望処理装置」
「今はちやほやされていても、そのうち顔も名前も忘れられる存在」だから、自分の地位に執着しない。
復讐は失敗する。

大衆が「見たいと思うものを見せる」存在としての自分、
しょせんは操り人形だった自分の、ひとりの女性として精一杯の強がり。
そして、まがい物としてこれから生きていく決意。
それがあのラスト。

沢尻エリカ、綺麗だった。
天使にも悪魔にもなる表情が、とてもキレイだと思った。
だからもったいない。
編集と音楽でスタイリッシュになっているが、それが物語を深くすることを邪魔してる。
あえて観客が考えなくてすむように作っているのか、監督が物語に気付いていないのか、多分前者じゃないだろうか。
売り手の心の声、言葉を借りれば、「一般大衆は、バカだから」。

彼女がのびのびと仕事できると良いのにと思う。
女優なんだから性格は良くなくていい。
誰よりも綺麗で、そして誰よりも演じることが出来さえすれば良い。

戸川純の「蛹化の女」が流れた。
嬉しかった・・・
 

01.28.17:37

恋の罪 ~映画~

koitsumipo.jpg今日、宮崎でも公開されたので、やっと言える。

ひと言で言うと、「男の妄想映画」。
男の、というより”園監督の”妄想映画。
園監督作品なんだから当たり前と言われればそれまでだけど、この作品の売り方として使われている「女性を描いた」という言葉に対してそう言わせてもらう。

刑事・水野美紀。
夫と子どものいる彼女は、夫の友人と愛人関係にある。
ある日愛人とのセックスの最中に呼び出され、円山町の猟奇殺人現場へと向かう。

売れっ子作家を夫に持つ女・神楽坂恵。
潔癖症で独断的な夫のため、作られた人形のように暮らしている。
ただし、本人はそうである自分にあまり疑問を感じていない。
たぶん、セックスレス。
自覚できていなかった淋しさを、たまたまやることになってしまったAV撮影で満たしてしまい、自覚できないまま「生きる」彩りに染まっていく。

大学の助教授・富樫真。
父親に対して肉親をこえた愛を抱えており、父の死を乗り越えられず、空虚さを夜の円山町に立ち、セックスで満たそうとしている。

ラブホテル街にある古い家が助教授の夜の仕事場。
そして猟奇殺人事件の現場。
切断され、マネキンと接合された女性の遺体の身元を追ううちに、刑事は女と助教授へとたどり着く。
刑事にとってセックスに支配されたふたりの女性は、真実が見えてくるほどに興味深く、また、隠している自分の姿でもあった。

東電OL殺人事件がモデルになっているそうだが、そんなことはどうでもよい。
あれだけ社会の興味を引いた事件なのだから、いくらでも物語になったし、今まで映画になっていなかったのが不思議なほどだから。
なのでこの際、あの事件のことはこの作品を語るに何の意味もない。
が、しかし、助教授の裸はガリガリにやせている。
(東電OLは拒食症だった)
だからといって、なぜ彼女がそんなに痩せているのか?という話しは作品中にはない。
園監督がよくやる、中途半端なリアリズム・・・投げっぱなしの興味の対象。
東電OL殺人事件についてネットなどで調べたことがある人ならば、彼女が拒食症でガリガリにやせた身体をしていたことは知っている。
だから富樫真の裸を観たときに確実にリンクするし、その身体が意味することをあれこれと想像するはず。
でも映画では、そこまで。
だったら、そういう演出する必要あるのかな。

で、富樫真はこの作品では残念ながら、脱ぎ損、やられ損の印象。
作品中一番ぶっ飛ばしている存在なのに、園監督が作ったオチがあんまりなため。
いくらなんでもそれはない。。。
ぶっ飛ばしている人が、あそこまで綿密に計画できる理由を述べよ!
そう言いたい。
だいたい、あの場末なラブホテルの1室で、オチがわかったあとの狂乱・狂態を見せられるこちらの気持ちになってほしい。
一気に気持ちが引いたあとに、あの大騒ぎ。
冗談じゃない。
ハリウッドならば絶対にラジー賞。
「ショーガール」のエリザベス・バークレーなんて目じゃない。

それに水野美紀。
いくらなんでもあんなM女ばかりじゃないでしょう。
この世の中。
女はレイプされるのが好きだから、と、どっかの中学生が女の子を襲っていたそうだが、それと同じレベル。
あれで性の渇きを表現するならとんでもない話し。
あの刑事はただの変態です。
それにエンドロールのバカ馬鹿しさ。
なぜあんなダメ押しをしたのか解らない。。。園監督の品の無さを感じる。
ひとつだけ、街で自殺した女の携帯を壊すのには共感。

神楽坂恵は魅力的。
なぜか?
彼女のキャラには、背景がないから。
彼女はただ流れるままに見知らぬ男に抱かれ、助教授に出会い、感銘を受け、少し早い水の流れに恐れを抱くけれどそのまま流され、たゆたいながら、澱みながら流れていく。
流行作家の妻時代の薄化粧から、港町の娼婦の濃い化粧に変わっていく。
お金さえ出せばあの胸に顔をうずめることも、もみしだくことも出来ると思えば、疲れた心を抱える者にとって濃い化粧の彼女の笑顔は癒しになる不思議。
商品だから買える。

彼女が求めているのはいつだって、自分を導いてくれる存在。
最初は夫、次に助教授。
夫には落胆したから、彼女の胸にあるのは、もう手の届かない存在になった助教授だけ。
ならば彼女はずっと商品のまま。
いくらお金を出されて抱かれたとしても、彼女が欲しいものは手に入らない。
一生、そのまま。
小さな漁師町の路地裏で、男に殴られ、蹴られながら、思い浮かべるのは講義をする助教授の姿。
バックに流れるマーラーのアダージェッド。
↑この演出(耳触りの良いクラシックを流す)も、いつもの他人のふんどしで相撲をとるという園監督の品のなさなんだけど。。。

3分の2の主要キャラがダメ。

それに、ぶっ飛んでる人に理由づけるところがどーしようもない。
いつもの過激な暴力シーンや口論、セックスシーン、何かの詩の引用、クラシック音楽は、本筋からの逃げのような気がしてならない。
園監督の作品に共通するのは、Aという議論をしているところに、何とかその議論に勝とうとしてBという事柄を持ちだして語り、Aについて煙に巻くやり方。
そういうやり方有識者ぶってる人に多いけど、そんな感じがする。
どんなに暴力的なシーンを撮ろうとも、過激なテーマを用いようとも、彼の思考そのものが本来とてもノーマルなんじゃないかと思う。
だから原作から作るという「ヒミズ」に期待したんだった。

園監督が選ぶテーマはいつも、こちら側に興味を持たせるものばかりなのに、アプローチの仕方がすごく中途半端。
面白い展開をするし、あれだけの演技を俳優たちにさせるんだから、もう少し深く物語を作らないかなぁ。
今回も、なーんか騙された感満載の作品だった。

01.23.22:51

ヒミズ ~映画~

なんとなく、1987の仲間うちでは四面楚歌のような雰囲気になっていますが、それでもダメなものはダメ。
私がこの作品をダメな理由は、東日本大震災を物語に組み込んだこと。
どうしても許せない部分が2つある。

ひとつは、冒頭のシーン。
被災地に置かれた洗濯機。
セットではない場所に置かれた小道具の洗濯機をみたとき、ぞっとした。
これはもう理由がどうとかいうことではない。
セットじゃない場所にああして小道具を置いて撮影している感覚にぞっとした。

もうひとつは震災に遭ってホームレスになっている男が、頑張ってる中学生を応援したいからと、「悪いやつ」が「悪いこと」して貯めたお金を強盗殺人して奪って、そしてそれをさも良い事のようにヤクザに渡すこと。
そのヤクザもいい歳した大人が他人の子どもに一生懸命になっていることに、なんだかちょっぴり感銘を受けた風になっていること。
ばかばかしい。

あの震災や津波で家族や自分の会社、生活の全てを失った男が、未来を託したいからと若者を応援するのは構わない。
でも、応援するなら自分でちゃんと稼ごう。
人殺しをして、どろぼうしたお金で良い事したつもりになるんじゃない。
震災で死んだそいつの家族が、そんなことして喜ぶとでも思ってるんなら大馬鹿者だ。
情けない。
というか、そういう展開を作る園監督、大甘。
「震災で家族を失った」展開にするんじゃない。
原作は知らないが、勝手に家族を捨てて出て行ったとか、家族から捨てられたとか、そういう男ならば1億万歩ゆずって許す。
死んだ家族に顔向けできないような事をして、えらそうな事を言うんじゃない。

震災を絡めた展開、その二つが私は大嫌い。

主演の二人はとても良い演技をしていたと思う。
でも園監督の作品は、いつもテンションがあんな感じだから、あの二人だけが良いとは言えない。
どの作品でも出演者は生っぽいというか、生き生きしている。
そこはまあ置いといて、
主演の二人は良かったと思う。
それに、(震災以外)物語もとても興味深かった。
どうなっていくんだろう?といつもながらドキドキした。

だから、震災を絡めない「ヒミズ」を観たかった。

08.04.10:51

コクリコ坂から ~映画~

この作品の致命傷は、登場人物たちがやたらと「良い子」だということ。
たしかにジブリの作品には、先生に反抗して生徒指導部に呼ばれる女子高校生など登場しないのだが、観たあとに、なんか違う!なんでこんなにヤな気分なんだ!と感じていた答えがそれなんだと気付いた。

主人公と彼氏は最たるものだけど、あの気持ち悪いというか、こまっしゃくれた生徒会長かなんか、上手く立ち回りすぎじゃない?
部活を休みにしてまでの臨時の生徒総会だか、話しが紛糾しているのは観てわかるけれど、ただゴチャゴチャワーワーしているだけで、賛成派・反対派の数がどれだけで、生徒たちがどういう関心をもってあの場に臨んでいるのかが、サッパリわからない。
その上、あの総会と先生たちとがどういう関係性なのかもわからないまま、見張りの子がいるようだけど、先生たちが見周りに来たことを知らされ、皆で肩を組んで何かの歌を歌い出す始末・・・・
総会の内容をごまかすため?
それとも、大人しく皆でまとまってますよ♪みたいな?
(あの歌って実際にあの頃に流行った歌なんだろうか?それとも校歌?それもわからん)
その姿を見て、ニヤリとして出て行く先生たち。
あんたたち、誰や?
なにしに来たと?

壊されようとしているカルチェラタンという建物が、あの学校内で生徒たちにとってどのような精神的な意味を持ち、そして誰がどうして壊そうとしているのか?
それを「ひっひっひっ・・・」と悪代官の如く心にイチモツ持っているような大人がいない。
イチモツ持ってなくてもいいけど、壊そう推進派の大人が出てこない。
戦う相手がいない。
けど、なんだか戦ってる風である・・・

総じてこの年頃の少年少女の敵は「大人」なのに、戦う相手とめちゃめちゃ上手く関係性を作っているようにしか見えないのがダメダメ。
真夜中、校舎のガラスを叩いてまわる年頃やろー!きみら。

建物壊そう!と決めた出版社の社長も、「エスケープ」という言葉に「おう!そんくらいの気持ちがないと若者はいけないぞっ♪」みたいな気分になってたけど、3年間で一日だけ学校サボることを若者の反抗心、大いによろしい!みたいに本気で思ってんのかっ!
(それに「お掃除」という言葉と、女子高校生にも反応してたな・・・好きなんだな、お掃除と女子高生が。)
あの手の人は、そういうのは許すけど、校舎の裏で男女がイチャイチャしてるとか、スーパーのトイレで煙草吸ってるのは許さないんだよ。
それってどうよ?
大人の気持ちの中のフィールドで遊んでいるだけなら、許してやるって態度。
それを見越して行動している、あの生徒会長や主人公や彼氏。
そんな人たちが作った今の社会だから、こんな風にダメダメなんだぞっ!っていう、暗に今の社会を批判してるんだったら許すぞ!吾朗っ♪

高校生の頃に、生徒指導部やその手の先生たちと上手くやってるような学生なんて、気持ち悪い。
そんな子たちばかり登場してるから変な映画なんだと思う。
なのに、青春映画ぽく作っているから、ほんとに気持ち悪い。
この宮崎吾朗という人も、先生にも親にも反抗しない子だったんじゃない?

以下は1987フォーラムに入れた

自意識過剰というか、自己満足というか、自己完結というか、「宮崎吾朗氏だけが判っている世界」を観た感じです。

物語の構成が悪すぎます。
こちらが、話しの流れをくんでやらないといけません。
テーマもさっぱり判りません。
また、ただの懐古趣味なのか、あの時代への憧れなのかわかりませんが、1964年、それも高校生、という設定も意味不明。
それに音楽が、主張しすぎ。
うるさいし、押しつけがましいです。

吾朗氏が良いと思っている、ここが盛り上がり部分だよ!と思っているシーンを、「ほらほら!!!!!ここ!!!!」と見せられるのですが、そこがなんで良いのか、なんで盛り上がり部分なのか、サッパリわからないので、白けます。
音楽だけがやたらと盛り上がる。
主人公が毎日あげてる旗の意味も、わからない。
そして、おばあちゃんはいったいどこに?
最初に見たっきり、どこにも登場しない・・・・・
どこに消えたのっ?

ストーリーテラーとして、この人は破たんしてると思いました。
これで完成品だと本気で思っているのだとしたら、宮崎駿がいなくなったあとのジブリの未来は、残念なことになりそうですね。