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  • 11/25/08:48

06.19.20:47

電話ボックス

 堤防沿いの道を北に走る。鶴ノ島、和知川原・・・M商業高校の体育館が見えてくる。あの角を右に曲がる。高校の裏門からは古い校舎が見える。私が高校2年生。あの校舎の2階の教室で学んだ。崩れそうなほど古い鉄筋の校舎。そういえば、あのT字路の角には電話ボックスがあった。授業中に抜け出して、あそこから電話をかけたことがある。友人が駅で自転車を盗んで乗っていた。盗難届が出されていたそれが、たまたま私立の男子校に通う別の同級生の自転車だった。友人のために、「あれは貸したやつだ」と警察に話してほしいと、彼にお願いするためだった。

 もう、ないかも、あの電話ボックス。。。 あった。 
 
 友人とふたりでクラスの子たちから小銭を集めて電話をかける高校生の私が見えるようだ。先生に見つからないように、誰からも告げ口されませんように、彼女のことを助けることができますようにと緊張しながら、でもどこかわくわくしながら。あの電話ボックスは、電話機の形はあの頃よりも新しくなっていたが、変わらずにあの場所にあった。ただそれだけで、私はとても清々しい気持ちになった。
 
 清々しい気持ちのまま、私は卒業したあとに一度だけ、友人とあの古い校舎の隣にある通称・中校舎と呼ばれる2階建ての小さな校舎(教室が4つだけの)に忍び込んだことを思い出した。
夜、ドライブの途中に裏門が開いているのを見た私たちは、1年生のときの教室に入ってみようと思い立った。裏門が開いているのだから、きっとどの窓かが施錠されずに開いているに違いないと確信していた。「M商だもの、絶対にきちんとしてるはずないよ」。
 
 案の定、1階の窓が開いていた。それは私たちが1年生の時に過ごしたクラス。女の子ばかりの1-7。電気などつけなくても、私たちには部屋の中が見えた。こげ茶の板張りの床、黒板、壁のキズ。床ワックスの匂い、机につっぷした頬の冷たさ、壁に触れた指の感触。窓から見える景色、差しこむ光、クラスメイトたちの顔、声。夜の暗い教室で私たちは二人きりだけど二人だけじゃなかった。15歳や16歳の少女たちが変わらずにそこにいた。「ここに住みたい」「このまま帰る?」「ううん、何か書いて帰る」「なんて?」「あなたが好きです、って」「あーあ・・・もう」

 
 次の日、私は職場の朝の3分間スピーチで、昨夜の話しをした。友だちと母校へ行き、1年間過ごした教室に行ってみたこと。電気をつけなくても中の様子が手に取るようにわかり、大好きだった場所が何も変わっていないということが、自分でも驚いてしまうほど嬉しかったこと。そしてちょっぴりいたづらして帰ったこと。きっと今ごろ、あの机の子が突然の誰かの告白にドキドキしているかもしれないこと、そのことを思うと申し訳ない気持ちになるけれど、でも「あなた(ここ)が好きです」という私の気持ちはウソではないこと。また行きたいし、今朝は清々しい気持ちでここに立っていること。
 
 私が話し終えたあとに社長が感想を言った。「夕べとても楽しかったのはよくわかるが、お前がやったことは公共物不法侵入だぞ。もうするな」。
 
 変わらずあの場所にあった電話ボックスが私にくれた時間旅行は、そこでおしまい。
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